アルファンの売却サービスが選ばれる3つのポイント
オンライン不動産マーケット・フェアプライズ
信頼できる不動産会社選びが大切です。
図のように、売主様がA社に売却を依頼する(媒介契約を締結する)と、A社は不動産流通機構REINS(レインズ)に物件情報を登録します。
登録された物件情報は全国の不動産会社に公開され、それぞれの不動産会社が抱えるお客様に紹介されていくことになります。
1社に売却を依頼することで、全国の不動産会社が販売活動を行ってくれる仕組みになっているのです。
『信頼できる不動産会社を1社選び不動産売却の窓口とする。』『REINS(レインズ)を通じて全国の不動産会社の販売力を活用する。』 これが、早期売却・高値売却を実現するための秘訣です。
私が子供のころ大好きだったことがあります。
それは、何だったかというと、新聞の折り込みチラシ、不動産のチラシ、正確には一戸建てのチラシの中にある間取図を見る事でした。
間取図を見て、空想の世界に入るのです。ここを自分の部屋、こちらは弟の部屋、この部屋にこうして、ああしてと考えるのです。
なぜ、こんなことをするようになったのか。それは、そのころの私の住まいにあったのだと思います。
子供のころの自宅は6畳、4畳半の畳の部屋2つ、キッチンは3畳、トイレ、洗面はありましたが風呂はなし、いわゆる2K風呂なしの団地でした。
私には、3歳下の弟が一人おり、4畳半の部屋に2段ベッドを置き2人で、その一部屋を使っていました。
6畳の部屋は、居間でもあり、夜は両親が布団を敷いて寝る寝室でもありました。
お風呂は、銭湯に行っていた時期もありましたが、まさに風呂なし団地用に開発された今で言うユニットバスを3畳のキッチン置いて入浴していました。
当然、3畳のスペース一角に置くわけですから、大きなものではありません。
畳半畳の大きさです。
浴槽に入る時、大人は足を抱え込みやっと入る大きさ、洗うときは浴槽の上にフタをおきその上が洗い場になるというような構造でした。
こういう環境が「家」というものに対する、私の思い、憧れ、夢を形成して行ったのだと思います。
その団地から転居して約20年、近くに行くことがあり、かつて暮した団地へ足を運んでみました。
行ってみると、そこには、見慣れた風景はありませんでした。
数ケ月前に、老朽化から建て替えの為、団地が解体されていました。
その当時、不自由さを感じて過ごした家であり、私が中学3年の時に、父親が家を出て行くなど、嫌な思い出もある「家」でした。
しかしながら、この世から消えてしまったことから、懐かしさ、寂しさを感じずにはいられませんでした。
そこで暮らした思い出が、走馬灯のように頭の中をめぐり、目頭が熱くなりました。
いい思い出だけではないかもしれませんが、私たちにとって「家」というものは、「思い出が刻まれていく家族の拠り所」ではないでしょうか。
そんな「家」というものにこだわり、かかわっていきたい。
この世の中に、「ホームリフレッシュ」で役立っていきたいと思っています。
決して、まだまだ大きな会社ではありませんが、「家」に対する思いは、大きく、強く1番の会社を目指しています。
皆様の大切な財産でもあり、夢、思いの詰まった「家」の売却、購入をお手伝いさせていただきます。
1988年、明治大学商学部卒業後、総合建設業の日本国土開発株式会社へ入社、10年間勤務。
その間、経理、総務を始め、大規模現場の事務管理を務める。
中でも、東京都江東区大島での住友不動産㈱事業主体の、14棟の公団分譲団地を解体、644戸のマンション建設した再開発プロジェクト建設現場にて乗り込みから最 終竣工まで足掛け3年にわたり、事務長を務める。
プロジェクト完了後、本社経理部へ転任。
自分の成果をはっきり見える世界へ行きたいと理由で、不動産売買、住宅売買の不動 産販売会社へ営業職として転職。3年後、注文住宅会社へ営業職として転職、営業マ ネージャーを経験し、不惑40歳を契機に独立。ALPHAN有限会社を設立、営業 開始。
2男2女の父親であり、母親、妻、バニラ(ゴールデンレトリーバ 犬)8人家族の家長
趣味は、お酒、読書、自己啓発、ドライブ、キャンプ、バニラの散歩
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